邑南町の若手農家を紹介します!
高市宗徳さん/ 大下浩和さん
農業後継者が少なすぎて困っている?農業にチャレンジしても金にならない??
そんなニュースが毎日のように報じられています。
そうです。そうなんです。難しい時代です。
しかも、島根は傾斜のきつい中山間地が多くて、農地の集約が難しい。
昔から1戸あたりの農地面積が少ないことも特徴です。全国平均1.8haに対して、島根はなんと0.9ha。
(気候が良く、農作物の収量が安定していた裏返しなのでしょう…。)
だけど頑張っている若手が島根の各地にたくさんいるんです。
カラダと頭を使って農業に取り組む、邑南町の若手農家2人を紹介します!
新品種の研究で市場をつかむ / 高市宗徳さん
道の駅みずほの片隅に、大量に並ぶ大根。目立たない場所に置いてあるのに次々と売れていく。みずみずしく、さくっと切れる大根は「高市ダイコン」ともよばれ、リピーター多数。高市宗徳さんは41才と邑南町の農家では若手ながら、キャリア20年以上のベテランでもある。
邑南町で育ち、地元矢上高校の農業科で学んだ後、農業界のスパルタ教育で有名なタキイ種苗の園芸専門学校でさらに農業を学ぶ。卒業後すぐに邑南町へ戻って、父親の手伝いを始めた。
高市さんの父親は開拓農家として邑南町に入り、牛の肥育(注1)に取り組んでいた。だが次第に収入が少なくなり、土建屋で働くようになっていた。邑南町に戻った高市さんは和牛の繁殖(注2)と、野菜の栽培で生計を立てられないかと考えるようになる。
繁殖用の母牛10頭に、トマト栽培をスタート。トマトは当初、桃太郎トマトを栽培していたが、それから次々と新品種の導入、大規模生産に成功し、JAを通じて広島へ販路を伸ばしていく。
とりわけ畑で真っ赤に熟してから収穫する「王様トマト」を全国で初めて市場の流通に乗せたことで、農業者としての自信が深まっていった。「専業農家として食っていける」と確信を持てたのは農業を始めて10年が経ったころ。「はじめの3年は本当にきつかった。父が我慢してくれたから今がある。」そして、ずっと大切にしている父からの教えがある。「土づくりが大切」。しっかりとした土づくりで味が良くなり、安定した収益を出せるようになった。
今は、70代になっても元気な父親と高市さんの2人で、畑1haを耕す。トマトと大根を主力商品として、生で食べられるトウモロコシ、冬にはほうれん草、小松菜の生産もしている。高市さんの野菜は広島のイズミ系列、天満屋系列で購入可能なほか、道の駅みずほでも常時販売中。
「体力に加えて経営者としての知力、判断力を持った人に、ぜひ、農業に取り組んでもらいたい。そして本当に良い品を作ることで全国各地の良いモノを作る人たちと知り合える。ここにいても人が集まってくる、楽しいイナカ生活ですよ」
道の駅瑞穂。棚の下の方に置いてあることが多い。 父の代で開拓した畑。邑南町では大きい
(注1)肥育…子牛を買ってきて、出荷まで育てる。
(注2)繁殖…母牛を飼育して子牛を産ませ、数ヶ月まで育てた子牛を販売する。島根など中国地方一帯は山間部を中心に肥育農家、繁殖農家ともに多い。特に繁殖の質の高さは、業界内で高い知名度を誇る。
都会の視点で農業に取り組む / 大下浩和さん
広島から邑南町に通う若手がいるという。大下浩和さんは広島育ちの33才。足かけ10年、母親の実家・邑南町で農業に取り組んでいる。広島の視点を持ちながら邑南町で農業をしたいと、広島から毎日1時間「通勤」している。
とはいえど、本格的に農業を始めたのは半年前。10年前、母方のおじいさんと農業を始めたものの、子どもが産まれて広島のサラリーマン生活に戻った。2010年8月、再び農業への本格復帰を決意する。奥さんが広島で働き、当面の現金収入を支える。
主力はコメ。4年前から、0.9haの田で穫れるうち約半量を、ヤフーオークション等を通じて直販している。邑南町は瑞穂町、石見町、羽須美村が合併してできた町。旧瑞穂町のブランド「瑞穂米」で販売し、遠くは関東からも注文が入る。2011年度は近所の田を借りて、1.8haに拡大予定。
大下さんは本格農業復帰にあたり「食用ほおずき」の栽培を始めた。日本では観賞用で普及しているほおずきだが、ヨーロッパでは食用としてもなじみ深い植物で、近年日本でも東日本を中心にヨーロッパ品種のほおずき栽培が始まっている。
ほおずき栽培は「広島の朝市で見かけた」という奥さんの言葉がきっかけだった。さっそく食べてみたが美味しくない、けどよく調べてみると「マーケットはあるかもしれない…」。栽培期間が短く、寒冷地の気候にも合っていることから栽培をスタート。同時に、広島の卸売業者や菓子屋へと営業に走った。まもなく取引先が見つかり、さらにそこからの紹介で取引先が広がっていく。
JAを通さず、直接取引で販路拡大を目指す。形が悪く生で販売できないものや、たくさん収穫があったときのために、ほおずきジャムなどの加工品開発にも取り組む。おしゃれなビンに入ったジャムは道の駅瑞穂で販売中。
「春からはラズベリー栽培もしたい」都市の視点を持ちながら、新たな挑戦を始めている。
出荷者400人を誇る広島~島根西部で最大級の直売所。こぢんまりとした建物だが、店内にびっしりと新鮮な農産物が並ぶ。山菜、きのこや市場に出回らない珍しい野菜も出荷されている。おはぎ、田舎寿司などお惣菜の販売も充実しており、リピーター多数。 島根県邑智郡邑南町下田所260-3 [地図] TEL 0855-83-1112 営業 道の駅7:00~18:00(年中無休)、直売コーナー9:00~18:00(正月休)

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西村 裕子 @島根県西部県民センター 商工労政事務所
直売所めぐり&食べ歩き大好き!大学院生として『農産物直売所/それは地域との出会いの場』(関満博、松永桂子編、2010年、新評論)などを執筆。
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応募資格はとくにありません。詳しくはseibu-kankou☆pref.shimane.lg.jp(☆を@にかえてメール送信してください!)
もしくは平日8:30~17:15に、石見観光振興協議会事務局(島根県西部県民センター 商工労政事務所内) 0855-29-5647へ
お問い合わせください。
応募は随時受け付けております。まずはお問い合わせください!
できることから本気で取り組む商店街活性化
粕渕商店街 いちごのお店
「いちごのお店」で三瓶そばをすする地元の女性たち
2010年10月13日、美郷町の中心部、粕渕(かすぶち)商店街に新しく喫茶店ができました。気になるメニューは「三瓶そば」とドリップコーヒーのみ。粕渕商店街の店主らでつくる「いちご会」が、町役場と地域おこし協力隊の強力なサポートを得て店舗オープンを実現させたという。山間部の商店街活性化に真正面から取り組む「いちごのお店」でお話を伺いました。
商店主は自分の店で忙しい。でも何もしなければ共倒れ
「若い人は車で大田に買い物に行く。お年寄りは商店街を使ってくれるけど…」「商店主はそれぞれ自分の店がある。自分の店を犠牲にして何かやるわけにはいかない。けどこのまま何もしなければ共倒れ…。」2007年、粕渕商店街の今後に危機感を抱いた商店主が集まった。
美郷町中心部に位置する粕渕商店街は、JR三江線粕渕駅から美郷町役場に向けての200mに金融機関、商店、飲食店などが集まる。小さなまちの小さな商店街として、地域住民の生活を支えてきた。だが周辺地域の商店街と同様に、地域人口の減少に加え、自家用車の普及などによる生活スタイルの変化、商店街の商店数の減少などさまざまな要因が重なって年々集客力が弱まっていき、粕渕商店街も衰退の一途をたどってきた。
美郷町は人口5000人、地域住民の購買力も強くなく、域外からの集客はほぼ見込めない状況で、どうやって商店街に集客をしていくか。「今、商店街を使ってくれている地域の高齢者に、もっと商店街に立ち寄ってもらえるようにしよう」商店主のグループ名を、年金の支給日である15(いち・ご)日から「いちご会」と決め、毎月15日から3日間、商店街でサービスデーを始めた。

粕渕駅から美里町役場前へ続く粕淵商店街。歩く人はまばらだった
地域おこし協力隊の助けを借りて
「続けることが大切」の気持ちで、毎月サービスデーを開催してきたいちご会のメンバーは、次第に「空き店舗で人が集まる場所ができないか」との思いを強めていく。だが、空き店舗活用で立ち上げる店舗が商店街の既存店舗の競争相手になってしまってはいけない。考えていくと、商店街には美郷町特産の「三瓶そば」を出す店がなく、またぶらっと立ち寄れる喫茶店もないことに気がついた。「三瓶そばとコーヒーを出す店はどうだろうか。」アイデアは固まった。
そのころ、国の事業で都市部の若者を地方で数年間採用し、地域活性化と将来的な人口増加につなげようとする「地域おこし協力隊」制度が始まった。美郷町は町をあげて地域おこし協力隊を採用していくようになる。そのなかで「商店街活性化」をテーマに活躍する協力隊員を募集したところ、松江出身で広島で働いていた小林聡大さんが応募、採用となった。
6月に美郷町へ着任した小林さんはまもなくいちご会メンバーと顔合わせを行い、7月には空き店舗が確保された。2009年まで薬局だった空き店舗改装を急ピッチで進めていきながら、小林さん自身は玉造へコーヒー修行に向かった。また、いちご会のメンバーと小林さんとで毎朝、地元のそば打ち名人から三瓶そばの打ち方を習い始めた。
10月13日、念願の「いちごのお店」オープン。開店日には新聞、地元広報誌の取材陣に加え、地元から多数の来店があった。

できることをやっていく
「いちごのお店」の運営スタイルは一風変わっている。お店に常駐しているのは基本、小林さん。だが店が混み合ってくるとどこからともなく商店主の女性たちが走って集まってくる。そして店が一段落すると、また自分たちの店に帰っていく。手当は未定という。
筆者自身いままで空き店舗活用の取り組みを数多く見てきたが、このようなスタイルは初めてだった。もちろん、今後もこのような形で継続できるか分からない。地域おこし協力隊は最長3年の任期制なので、その後どうなるかはもっと分からない。けれども「できることから次々やっていかないと、衰退していくだけ、それなら今やるしかない」と皆、自分の店舗といちごのお店、2つのお店を盛り上げようと必死で努力している。
いちご会代表で、商店街で美容院を経営する石田愛子さんは「3年前から商店街に活気を取り戻そうと活動を始めて、町役場に働きかけて商店街に駐車場と公共トイレを作ってもらった。けど、それからも数軒がつぶれた。町役場には『助けてもつぶれる』と思われてしまったように思う。いっぽうで、いま来てくれているお客さんがいる。高齢で、大田に買い物に行くにも大変な人たちが多い。今来てくれているお客さんを大切にして、もっと来てもらおう、もっと滞在してもらおう、そして商店街でもっと買ってもらおうと思って、いちごのお店を始めた。いちごのお店が地域の方達の集まる場所になれば。」強い思いを胸に、語る。口調から真剣さがひしひしと伝わってきた。
最後、「正直、自分の店舗といちごのお店、2足のわらじは大変ではある、けど今やらなければ…」と語る途中で自身の店舗から連絡があり、駆け足で戻って行かれた。
「できることをやっていく」商店街に生きる人たちの必死さと真剣さが伝わってくる、いちごのお店。10月22日、商店街のスーパー跡地に、住民有志の新会社によるスーパー「みさと市」がオープン。スーパー、薬局、産直市が入り、商店街に活気が戻り始めた。
現状を打破しようと本気で知恵を出し、本気で取り組めば、変わっていける。地域に愛される商店街を目指して、いちご会と小林さんの活動はこれからも続いていく。
三瓶そば500円。とってもおいしくいただきました!
島根県邑智郡美郷町粕渕252-3 Tel 0855-75-0830国道375号線、美郷町役場前の信号を粕渕駅方面に入り150m先右側。その先すぐに商店街の無料駐車場あり。[営業]平日10:00~16:00 打ち立て三瓶そば(ざるそば)500円、 デザート付きドリップコーヒー350~380円

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西村 裕子 @島根県西部県民センター 商工労政事務所
直売所めぐり&食べ歩き大好き!大学院生として『農産物直売所/それは地域との出会いの場』(関満博、松永桂子編、2010年、新評論)などを執筆。
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一年通じて、浜田の海を守りたい
浜田の海で生活する会 代表 長沢規史さん
石見海浜公園で活躍中の長沢さん(右)
砂浜に照りつける夏の強い日差し。海水浴を楽しむ観光客たち。山陰屈指の海水浴場である浜田市・石見海浜公園でも、海の安全を守るため、地元のライフセーバーたちが活躍している。だが、ここで活躍するライフセーバー達はただのライフセーバーではない。「一年通じて浜田の海で生活したい」と、オフシーズンは浜田の海水で塩を製造し、販売している。「浜田の海で生活する会」代表の長沢規史さんにお話を伺った。
あってはいけないことだった、だがその経験が自分たちを本気にさせた
浜田市中心部から車ですぐの瀬戸ヶ島町に、「浜田の海で生活する会」事務所兼工場はあった。ここで、代表の長沢さんと、従業員で浜田出身の20代、田畑さんと福原さんが「浜守の塩」を作っている。
長沢さんが代表となり塩の生産を始めるまでには、10年に及ぶストーリーがある。
浜田で生まれ育った長沢さん。成人してからも沖縄でスキューバーダイビングの講師をするなど「海一筋」の暮らしを続けてきた。2000年に浜田に戻り、古くからの友人である笹田卓さんと本格的にライフセービング活動を始める。「マリンスポーツ」と「ライフセービング」両方の資格を持つ二人の活躍はじょじょに周囲に認められていき、2004年には浜田ライフセービングクラブ(長沢代表)として正式に石見海浜公園の管理委託を受けるようになった。
だが2005年、石見海浜公園で人身事故が起きてしまう。どうしようもない状況だった。だが、もしかしたら、もしかしたら、救えたのではないか…。あってはならない出来事だった。だが、それをきっかけに、チーム全体の意識がさらに高まっていく。なんとしても自分たちが浜田の海を守るという決意が、さらなるライフセービングの知識獲得、研究、実践へとつながっていった。
浜田の海で生きていく
浜田ライフセービングクラブの活動は、ほぼ夏に限定される。長いオフシーズンを、長沢さんはアルバイト、笹田さんは漁師をして生計を立てていた。
転機は2009年。以前から「海で生活しよう」と、海産物加工で試行錯誤していたが、浜田の海で多く採れる「カジメ」という海草を使った塩作りの話が本格的に持ち上がった。長沢さんはアルバイトを辞め、浜田の海で生活する会代表となる。そして、浜田出身でライフセーバーとして活躍していた福原さんと田畑さんに、ともに働かないかと声をかけた。
近くは大田で古くから伝わる塩作りを学びに通い、遠くは広島県の蒲刈や沖縄までも出向き、技術習得に励んだ。この間に笹田さんは、浜田市議会議員に立候補。無所属・新人ながら驚きのトップ当選を果たした。海から政治へと舞台を移し、浜田をもっとよくしたいという思いで活躍を続けている。
浜田の海水で「浜守の塩」を生産
「浜守の塩」と名付けられたシリーズは全4種。白塩と、海水にカジメを入れて炊いた藻塩。それぞれ、細かく砕いた雪塩と大粒の食感が魅力の粗塩があり、計4種類となる。いずれも日本海の荒波のイメージとは一線を画す、上品な甘さ。少し口にしてみると「時に荒れ狂う浜田の海も、たくさんの生命をはぐくむ、優しい海なのかな」などと思わず感じさせられる。
事務所そばの深海から海水を汲み上げ、数日かけて釜で炊いていく。薪をくべて炊き続けるため重労働となる。海水を数回つぎ足しながら、海水の塩分濃度を上げていく。塩が結晶化しかけたところで濾して、不要物を取りのぞく。ふたたび釜で炊いて、結晶化させる。このあいだ、すべて手作業。
ライフセーバー達の優しい気持ちがこもった「浜守の塩」シリーズは、浜田市内お土産処、直売所、スーパーマーケットなどで、1パック(100グラム)420円で大好評販売中。新たな浜田土産として、注目をあびている。県内の醤油製造元とコラボした「浜守の塩だれ」など、新製品開発も進む。
ここまでに10年の歳月が過ぎていった。だが、彼らの活躍はまだまだ始まったばかり。
「浜田の海を守りたい。浜田をもっと良くしたい。」今後の活躍から目が離せない。
島根県浜田市瀬戸ヶ島138-6
Tel 0855-28-7212

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西村 裕子 @島根県西部県民センター 商工労政事務所
直売所めぐり&食べ歩き大好き!大学院生として『農産物直売所/それは地域との出会いの場』(関満博、松永桂子編、2010年、新評論)などを執筆。

江津から江川(注1)に沿って上ること15分、江津市桜江町中心部近く、国道261号からひとつ奥まった場所に立つ、小さな農産物直売所。中へ入ると、小さな店内いっぱいに農産物や地域の加工品が並べられ、一人帰ればまた一人と、次々と人がやってくる。ここ、「住江ふれあい市」は桜江町谷住郷に住む森脇美代子さんによって設立された直売所。無人市からスタートし、常設有人市、そして農産物加工へと展開し、地域を明るく支えています。
(注1)江川…「江の川」のこと。広島県北部に源を発し、島根県西部を蛇行したのち江津へと注ぐ、中国地方最大の河川。島根側では「ごうかわ」と呼ぶ。
桜江の歴史とともに歩んだ
桜江の歴史とともに歩んだ
「住江ふれあい市」組合長の森脇美代子さんは1937年、温泉津町(現・大田市)生まれ。中学を卒業ししばらく外で働いてから、1960年、実家から十数キロの桜江町(注2)へと嫁いできた。江川に沿って町が広がる桜江町は、「暴れ川」江川の水害に悩まされる土地。水害に強い桑の木が町じゅうに植えられていた。
嫁ぎ先もやはり養蚕業を生活の糧としており、森脇夫妻は養蚕と季節労働の土木工事をしながら3人の子どもを育てていった。しかし時代の流れには逆らえず、桜江でも養蚕業は衰退していく。森脇夫妻は周辺で最後まで桑栽培を続けたものの1977年に廃業。このころ、日本全国の山間部にたくさんの縫製工場が進出しており、桜江でも数工場が操業していた。森脇さんも縫製工場に勤務するようになり20年を過ごした。
気づけば50代も後半にさしかかった。子どもたちは立派に成人した。だが今度は、両親の介護が必要になってきた。そのいっぽうであれだけ水害に悩まされた江の川にも数十年の間に堤防がつくられ、桑の木が植えられていた場所は田畑へとかわった。そこで出荷用の野菜を作っていると、当然、出荷できない野菜がでていた。
「年寄りの面倒を見ながらやるなら、無人市がいいのではないか」
そう考えた森脇さんは1996年、国道沿いの空き家の軒先を借りて、無人市をスタートさせる。
(注2)桜江町…2004年に江津市に編入合併。現・江津市桜江町

無人市スタート
一人で無人市を始めた森脇さん。次第に大農家に嫁いだ森脇さんの娘二人、親戚も加わり、5人で運営していくようになる。
無人の「100円均一」は人気を集めた。だが、運営は簡単でなかった。代金の回収率は50~80%。100%の日は一度もなく、金庫を取られてしまったこともあった。有人市への転換を考えたものの、夫の体調悪化、さらに軒先を貸してくれていた空き家の住人が戻ってくることとなり、難しい状況が続く。そこで、桜江町役場の産業担当者と桜江町担当の普及員が動いた。二人は森脇さんのもとを何度も訪れ、常設有人市設立のために、サポートを行っていった。
結果、森脇さんの土地に、しまね長寿社会振興財団(現:島根県社会福祉協議会)の、高齢者自身による雇用創出を目的とした補助金で施設を建設してもらえることになった。同時に隣に小さな加工場と食堂を建設。こちらは思い切って、借金をして建てた。出荷の協力者を探していくと、20人が集まった。苦労の末、2001年12月、ついに常設有人市となる「住江ふれあい市」オープンに至る。
地元密着、地産地消スタイルで売り上げる 住江ふれあい市は、オープン後じょじょに会員が増え、現在会員65名。営業は朝9時から17時まで、木曜定休。ひっそりと建つ小さな直売所ながら、訪れるといつも地元の人が買い物に来ており、店番をする袋井美夜子さんと談笑している。
野菜は住江ふれあい市での販売のほか、学校給食への出荷もある。
有機栽培の多い桜江の野菜は、安心安全で味も良く、子どもたちに大人気。
隣の加工場では、住江ふれあい市とは別組織で森脇さんがリーダーとなり、森脇さん以下60、70代の女性4名で寿司、仕出し弁当、かりんとうなどの加工が行われている。 大人気の仕出し弁当は、すべて手作り。配達時間に合わせ、早い日は朝5時から調理に取りかかる。メニューはなく、値段とリクエスト次第で内容を決める。下は500円程度から、数千円の法事弁当まで、幅広い対応がさらなる人気を集める。おおむね車30分以内なら配達可能だ。そのほかに田舎寿司と巻寿司のパックを、住江ふれあい市と、国道9号線沿い「道の駅サンピコごうつ」で販売している。
直売所に加工なら、介護しながらでもできる
森脇さんの歴史は、女性起業の歴史であるとともに介護の歴史でもある。
子育てが終わると、立て続けに同居していた義父、義母、夫、そして森脇さんの両親の介護をしていくこととなった。
「直売所に加工なら、年寄りの介護をしながらでもできる。朝準備をしてから家を出て、昼にいったん家に帰る。それ以外の時間も、何かあったらすぐ家に帰ればいい。そうこうしながら4人を看取った。後悔はしていない。」
桜江の歴史とともに生き、主婦として家を守りながら、地域を明るく支える森脇さん。時代を生き抜いてきた顔つきに、敬意を感じずにはいられなかった。

江津から国道261号線を桜江、川本方面に15分、浜田道大朝ICから国道261号線を桜江、江津方面に40分
(国道から山側に看板が立っています。看板のところで道を曲がるとすぐ左手!)
9時~17時営業、木曜定休
島根県江津市桜江町谷住郷2611−6 TEL0855-92-1337

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西村 裕子 @島根県西部県民センター 商工労政事務所
直売所めぐり&食べ歩き大好き!大学院生として『農産物直売所/それは地域との出会いの場』(関満博、松永桂子編、2010年、新評論)などを執筆。

















