★大河「花燃ゆ」★石見で明治維新ゆかりの地をたどる!
山口県萩市の観光と併せて石見観光もどうぞ♪
春 夏 秋 冬
2015年NHK大河ドラマは吉田松陰の妹が主人公の「花燃ゆ」
石見にも長州軍や明治維新との関連史跡等があります!!
司馬遼太郎の小説「花神」にも描かれ、大村益次郎が指揮した「石州口の戦い」の舞台や明治維新ゆかりの地を巡りながら、石見の観光も楽しんでくださいね。
START 山口県萩市



車で1時間15分
津和野出身の明治の文豪の故郷の想いに触れる
(もりおうがいきねんかん )
津和野で幼少期を過ごし、「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」の遺言を残した明治の文豪・森鴎外の記念館です。
数々の遺品や、鴎外の故郷への思いとともに、明治期の歴史も感じることができる場所です。
住所 〒699-5611
島根県鹿足郡津和野町町田イ238
TEL 0856-72-3210
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車で約5分
長州征伐の督促者として派遣された軍目付が駐留した場所
(ようめいじ)
長州征伐の督促者として派遣された軍目付が駐留した場所です。住職さんや檀家さんがおられる時は、本堂内の見学も可能です(有料)。
歴代の津和野城主の菩提寺として栄え、美しい庭園や藩主が訪れた際に使用された部屋などを見ることができます。見事な惣門や森鴎外の墓所などもぜひ。
住所 〒699‐5605
島根県鹿足郡津和野町後田ロ107
TEL 0856‐72‐0137
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山陰の小京都で静かな夜を
(つわのはく)
殿町通りのお堀を優雅に泳ぐ鯉や、津和野散策を楽しんだ後は、ゆっくり静かなひと時を過ごしてくださいね♪
住所 島根県鹿足郡津和野町
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車で約1時間
藩命を順守した岸静江を偲ぶ
(おうぎはらかんもんあと きししずえせんしのち)
浜田藩と津和野藩の境で、石州口の戦いの火ぶたが切られた場所です。
大村益次郎率いる圧倒的多数の長州軍が開門を迫るが、浜田藩士の岸静江国治は、藩命順守して断固拒絶。しかし、近代兵器で武装した長州軍の前になすすべなく、長槍を持ったまま絶命したと言われます。
関門跡から300mほど離れたところに、岸静江の墓所があります。
住所 〒698‐0031
島根県益田市多田町
TEL 0856‐22‐7120(益田市観光協会)
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車で約10分
長州軍の本陣が置かれた場所
(みょうぎじ)
長州軍の本陣。
敷地内の墓地には乃木三蔵他3名の長州藩士の墓があります。乃木三蔵は乃木将軍の叔父で、日露戦争直後にここに訪れています。現在は「乃木霊園」として整備されており、長州藩士の墓は霊園の奥にあります。
住所 〒698‐0017
島根県益田市七尾町
TEL 0856‐22‐7120(益田市観光協会)
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車で約5分
銃痕が当時の激戦を物語る
(まんぷくじ)
1865年四境戦争(幕府側の呼び方で「第2次長州征伐」)石州口の戦いの主戦場となった場所です。
長州軍は6月16日に扇原関門を突破し、翌日市街戦がはじまった。大村益次郎率いる長州軍が、浜田藩と福山藩を攻め、1日で決着がついた。
萬福寺本堂の柱には長州軍が打った弾痕が今も残っており、当時の激戦の様子を物語っています。
住所 〒698-0004
島根県益田市東町25-33
TEL 0856-22-0302
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車で約3分
石州口の戦いの際に福山藩が布陣したお寺
(いこうじ )
雪舟が住職として招かれたお寺として知られている医光寺。
石州口の戦いの際には福山藩が布陣しました。県の文化財に指定されている総門や美しい庭園を眺めることができます。
住所 〒698-0011
島根県益田市染羽町4-29
TEL 0856-22-1668
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車で約1時間
司馬遼太郎の浜田藩追悼の碑があります
(はまだじょうし)
小説「花神」にも描かれた「石州口の戦い」の舞台を巡ったラストは、浜田城址にある、司馬遼太郎の「浜田藩追悼の碑」の前で旅に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。
浜田藩が置かれたときに津和野から移設された門などもあります。
住所 〒697-0027
島根県浜田市殿町123-1
TEL 0855‐24‐1085(浜田市観光協会)
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GOAL JR山陰本線・浜田駅

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