ガイドさんに教えてもらう「石見銀山10個の秘密!?」(銀山地区)

2016年12月9日 / 観光地

<ガイドさんに教えてもらう「石見銀山10個の秘密!?」(銀山地区)>

 

 

今回、石見銀山観光ワンコインガイド「龍源寺間歩コース」を利用して石見銀山の魅力を教えていただきました~!
“石見銀山の風景には全て意味がある”
知れば納得。興味が深まる「石見銀山観光ワンコインガイド」で見えない歴史が見えてくるかも?!

 

 

【ガイドさんの案内で銀山コース出発!】

 

 

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①大久保石見守墓所(おおくぼいわみのかみぼしょ)

 

 

石見銀山初代奉行を務めたほか、徳川家康から全国の金銀山の統括などを任され、
徳川幕府の財政に大きな功績を遺した人物・大久保長安の顕彰碑と供養塔です。
死後、財政の不正蓄財などの疑いがかけられ、遺族や親戚も逆賊扱いとなってしまいました。

 

 

<石見銀山ミステリー?!その1>

 

石見銀山にもあった大久保長安のお墓も壊されたそうですが、その頃から石見銀山で銀の生産量が減ったとか…
江戸末期の代官が「大久保長安は石見銀山の採鉱に尽力した人物だ」として、供養塔と顕彰碑を設置したところ、不思議と銀がとれ始め、2年後には100年ぶりの採鉱量になった…との話もあるようです…。

 


 

②下河原吹屋跡(しもがわらふきやあと)

 

 

17世紀の初めに「灰吹法(はいふきほう)」という精錬技術で実際に銀精錬が行われていた「吹屋(ふきや)」の跡地です。展望台からみると「吹屋」の全体像が見渡せます。

 

 

「吹屋」前にある木々の下には、採掘された銀鉱石を砕くための土台として使われた「要石(かなめいし)」があちこちにありますよ。

 

 

<灰吹法について>

鉛(327℃)と銀(960℃)の融点の違いを利用して鉛を灰に浸み込ませて銀を抽出する方法。
精錬過程で出てきたカス(写真左側)は、家を建てるための土台作りなどに使われたとか。
なんと!取材中、遊歩道を歩いていたらカスが道端に落ちていました!もしかしたら、江戸時代からの落し物が見つかるかも!?
※精錬技術の「灰吹法」についてはこちらをご覧ください。(外部サイト)

 


 

③豊栄神社(とよさかじんじゃ)

 

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戦国時代に石見銀山を支配し、銀を全て軍事費に充てていた毛利家。
戦国大名として有名な毛利元就の木像がご神体として祀られていた神社です。
元々は「洞春山・長安寺」というお寺でしたが(洞春とは元就の法号)明治期になり、朝廷が元就に対して豊栄神社の神号を与えたため現在の名前になっています。

 

 

幕末動乱期、長州藩からの討幕軍が攻めて来た際に石見銀山は無抵抗で明け渡されました。
そのため神社の境内には現在でも大森に駐屯した長州藩の隊士名が刻まれている灯篭や狛犬などが当時の面影を残したまま建っています。

 

 

<石見銀山ミステリー?!その2>

 

戦国時代、織田信長も銀山を支配していた毛利氏を豊臣秀吉に攻めるよう命じたり、9月15日の関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は、25日には「銀山は徳川のものとなる」という趣旨のお触書を出したとか。
それだけ、石見銀山を支配することが天下統一をするために重要視されていたとも言えます。豊栄神社で長州藩士が建てた灯籠を見ながら、ガイドさんに聞く戦国時代~江戸時代の約300年間の歴史はまさに「歴史が動いた」経緯?!

 


 

④清水谷製錬所跡(しみずだにせいれんじょあと)

 

 

銀山の本格的な再開発のため、明治28年に建設された製錬所です。
近代的な様相を成した製錬所は総工費20万(現在の約20億円)もの巨額を投じて建設されましたが、鉱石の質が予想以上に悪かったことや、設備の製錬能力も充分でなかったことから不採算となり、操業開始からわずか1年半で停止となりました。

 

 

<石見銀山ミステリー?!その3>

 

清水谷製錬所跡と同時期に建てられた世界遺産「富岡製糸場」は当時の金額で約24万で建てられました。そのことからも、この製錬所がどれだけの資金を投じて建てられたかを感じることができるのではないでしょうか。
今は、緑に囲まれてその全貌を見ることはできませんが、案内板にある当時の写真や説明からは変電所跡、選鉱場跡、トロッコ道などがあった当時の様子を物語っています。
また、製錬所の設計者である武田恭作氏は、現在携帯電話などから金銀銅を取り出す基となった技術の開発者だそうですよ!

 


 

⑤銀峯山 清水寺(ぎんぽうざん せいすいじ)

 

 

推古天皇の時代に仙ノ山山頂で創建されたといわれるお寺です。
仙ノ山はかつて、銀が地面から見えるほどだったと言われており、お寺の名前に「銀峯山」とあることからも、石見銀山のスゴさを感じることができます。

 

 

“銀山百カ寺”と讃えられるほど多くのお寺があった石見銀山の中でも、「清水寺」は石見銀山開発に関わった領主や代官たちに信仰されてきたお寺。本堂の天井は格天井になっており、石見銀山の初代奉行「大久保長安」の家紋(上から3列目中央)をとどめた唯一の神社です。

 

 

<石見銀山ミステリー?!その4>

 

本堂の側にひっそりとたたずむ「安原備中因繁(やすはらびっちゅうよりしげ)」と彫られたお墓…
16世紀後半に岡山から来た、銀山師・安原伝兵衛のものです。
彼は、この「清水寺」に1週間籠り祈祷を続けたところ、観音様のお告げによって大量の銀採掘に成功! 13.5トンもの銀を3年間徳川幕府に献上したため、家康から「安原備中」の名と、現在の清水寺の寺宝である「辻ヶ花染丁字文胴服」(国の重要文化財)を与えられ、さらに、旅の際には帯刀も許可されるという異例の待遇を受けました。

 

 

<石見銀山ミステリー?!その5>

 

清水寺の本堂前には、なんと!お寺なのに狛犬があるんです!
明治以降“神仏分離”の考え方が日本全国に伝わるまでは、狛犬は仏教・神道共に守護獣とされていたそうです。
今では神社にあるイメージが強い狛犬ですが、古いお寺には仏像を守る守護獣として置かれています。
清水寺に残る石の狛犬からも、その姿に長い歴史を感じました。

 

 

<石見銀山ミステリー?!その6>

 

清水寺が創建されていた「仙ノ山」(写真中央の平らな山)。
標高470Mの高さがありますが、江戸時代には1000軒近くの家が建っていたとも言われています!

 


 

⑥山組頭 高橋家住宅(やまぐみがしら たかはしけじゅうたく)

 

 

山組頭とは、鉱夫の人事や物資の購入など、代官所と鉱山経営者である銀山師たちとの取次ぎを勤める鉱山の取締役で銀山師の中から選ばれていました。
高橋家は現在、石見銀山内に唯一残っている山組頭の遺宅です。(島根県指定史跡・非公開)
住宅は通りに面して主屋があり、茶室や離れ座敷を設け、その他近くに建てた建物では酒造なども行っていたそうです。

 

 

<石見銀山ミステリー?!その7>

 

高橋家住宅から龍源寺間歩までの道の川向こうには、ある山師の紋が大きな
岩に刻まれています!ちょっと見つけにくいですが、ぜひ探してみてくださいね。

 


 

⑦龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)

 

 

石見銀山遺跡の中でも有名な、通年で唯一一般公開されている間歩です。
何枚もの銀鉱脈を垂直に貫くように掘られ、湧水の排水や通路として使われていました。
よって、実際に銀鉱脈を辿って掘り進めた跡は、坑道内の両脇に点在する小さな穴になります。
*銀鉱脈を辿って掘り進めることを「ひおい堀り」と呼びます。

 

 

実は、「ひおい堀り跡」はライトが当たっている穴の上にも第2、第3の穴が見られる場所もあるんです!
あの高さを掘り進めていた…と考えただけでもすごいことです…!

 

 

<石見銀山ミステリー?!その8>

 

丸太で囲まれている龍源寺間歩の入口。上の丸太の数は16本と決まっているんだとか…
上の丸太は「十六羅漢」左右の丸太は数の指定は無いですが「五百羅漢」を表しており、<坑道の入り口は偉いお坊さんたちに守ってもらっている>という深い意味が込められているのです!!

 


 

⑧佐毘売山神社(さひめやまじんじゃ)

 

 

16世紀中頃に創建された全国一の規模の山神社です。
特に拝殿の重層屋根は天領特有のものなんだとか!
龍源寺間歩の出口から約200mほど離れたところにあり、急勾配の石段を上ると境内にたどり着きます。

 

 

精錬の神「金山彦命」を祀り、銀山に生きる人々の心のよりどころとして地元の人びとは親しみを込めて「山神さん」と呼んでいます。

 

 

<石見銀山ミステリー?!その9>

 

拝殿に向かって左下にある「亀の像」。
かつて、この像の横には、銀を多く採った人のための特別な社が建てられていたそうです!

 


 

⑨石見銀山大森町住民憲章

 

 

世界遺産登録の決めてとなった「21世紀が必要としている環境への配慮」を基に、人々の暮らしと観光地としての賑わいを両立させようと、石見銀山が世界遺産に登録された翌月の8月に制定された「石見銀山大森町住民憲章」。
世界遺産登録10周年を迎える今、持続可能な世界遺産のお手本と注目されている「石見銀山」を支える精神となっています。
ガイドの会の方も「この憲章のおかげで、石見銀山の本来の価値を遺していくことができ、住民の心も1つになれる。」と言っておられました。
おだやかさ=今までの暮らし、にぎわい=来訪者の増加  を表しているそうですよ。

 


 

⑩まだまだ奥深い石見銀山!

 

 

石見銀山内には、600近くもの坑道が見つかっているとの話もありますが、まだまだ調査中の場所がたくさん!
今回、佐毘売山神社付近の昆布山谷地区で、発掘調査中の現場に行かせていただきました!!
石を細かく砕いていた作業場や陶器片などを見せていただいたり、説明を聞くことができました。

 

 

後日、行われた現地説明会では、江戸時代前期のものとみられる石垣や選鉱過程で廃棄された砂粒(ユリカス)が集中的に捨てられていた場所が見つかったとの報告も。
もしかしたら、歴史的発見の現場に居合わせることができるかも!?
道が不安定なところもありますが、行きたい方は、ガイドの会に相談してみてくださいね♪

 

【過酷だった石見銀山の鉱夫の仕事】

 

 

採鉱時の粉塵、螺灯から出る油スス、薄い空気濃度などから肺の病気になりやすい悪環境だった鉱夫の仕事は「30歳まで生きられない」と言われるほど過酷なものでした。そこで鉱夫たちは梅干しの果肉を挟んだ布をマスクとして使い、果肉に粉塵やススを吸わせていたそうです。
石見銀山に梅の木が多いのは当時の鉱夫たちの健康維持のためだったんですね!

 

 

また、石を掘り進める作業も大変なものでした…24時間5交代勤務でフル稼働しても10日間で3M程度。
鋭利なノミも先が丸くなってしまうため、坑道の出口には必ず鍛冶屋があったそうです。

 

 

これだけ過酷な作業…その分、今でいうお給料も高く1日約2万円前後だったとか。
また、怪我などで働けなくなった場合は、家族1人あたり2.5合のお米が60日間支給されていたそうです。
鉱夫の仕事はまさに命がけ。働き盛りの大黒柱が短命だったと思えば、「羅漢寺」や「佐毘売山神社」などがある理由も胸にストンと落ちますね。

 

 

<石見銀山ミステリー?!その10>

 

銀鉱脈というだけあって、担当は“キラキラ光っている鉱脈を螺灯の灯りで探して掘っていたのかな”と思っていましたが…大間違いでした!
実際の銀鉱脈は幅数センチと小さく、螺灯はあくまで周囲を照らすライト替わり。

 

 

なんと、銀鉱脈を見つけていたのは、掘り進める鉱夫の感覚だったんです!
掘り進める中で「ノミの音が違う」「鉱石の感触が違う」といった感覚で見つけていたんだとか。まさに鉱夫の仕事は<熟練の職人技>でした!

 

【その他、おすすめしたい<石見銀山ミステリー?!>】

 

・銀山にしか生えない植物がある!

 

 

山師には銀山が「龍が天を駆け登る様な光が出ている」と見えるらしく、その勘を頼りに山に行き、銀山にしか生えない植物を見つけて確信に変えてたとのこと。(山師の勘→ヤマ勘の語源らしい!)
取材時に担当が見つけたのはヘビノネゴザ(別名:カナヤマグサ)というシダ科の植物。葉の裏にデコボコがあります。龍源寺間歩の入口前にありました!
また、ハクサンハタザオという4~5月頃に咲く白い花もあるそうですよ。

 

 

・大黒様、恵比須様のお顔がいっぱいのお家!

 

 

銀山公園から大森の町並みに向かう途中、大黒様や恵比須さまのお顔がたくさん飾られたお家を発見!
農業の神様である「大黒様」や、商業・漁業の神様である「恵比須様」を屋根に飾り、一家の繁栄を願っています。「家内安全・商売繁盛」の願いが込められた瓦は、見つけたら、ついつい数えてしまいそうになります。
銀山公園にあるガイドの会の受付近くにも瓦が置いてありましたよ!

 

※個人宅なので、十分な配慮をお願いします。

 

 

今回利用した、石見銀山観光ワンコインガイド「龍源寺間歩コース」のほか、
石見銀山の魅力を知り尽くしておられる「石見銀山ガイドの会」の皆さま。
一緒に歩きながら、あたらしい発見や面白いお話をしてくださり、あっという間に時間がすぎてしまいました!
今回の記事では紹介しきれなかったお話もたくさんあります!!
ぜひ、石見銀山の観光の際にはご利用くださいね♪

 

 

<石見銀山観光ワンコインガイド>

龍源寺間歩コース

大森の町並みコース

お問い合わせ先:石見銀山ガイドの会(TEL:0854-89-0120)

 

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